他人の結婚式は出たくないけれど

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他人の結婚式は出たくない
 
なぜ自分が幸せでもないのに他人の幸せを祝った上に
お金まで払わなければいけないのだ?
 
 
それでも、

それでも結婚式に出たいと思える相手、
それは友達と呼んでいいと思ってた
 
 
それがパイセンだった。
 
 
パイセンの結婚式で歌うために作った曲。
「パイセンに恋をする」
 
 
 
2月12日。
 
パイセンが行方不明になったと聞かされたのは
美味しいと評判のラーメンを食べに行ってる時だった
 
初めてパイセンの彼女と連絡を取り合った。
 
 
バイトに来ていないと。
家にも帰っていないと。
 
 
バイトに遅刻するくらいならタクシーを使う
そんなパイセンが無断でバイトに来ないなんてありえないことだった
 
 
ラーメンはやけにしょっぱく感じた
その日から眠れなくなった
 
 
 
2月13日。
 
スタジオの後ラジオだったけれど
とても行けなくて
ちょっと無理かもしれないと弱音を吐いたら
 
彼女が
「あなたプロになろうとしてるんだよね」
と言った
 
その通りだよなと思ってスタジオとラジオへ向かった
 
 
ラジオではパイセンの目撃情報拡散お願いしますと言わせてもらえたから
行ってよかったのだと思う。
 
 
眠れなかった。
 
 
2月14日。
 
休みだった。
 
なぜだかわからないけれど
パーマをかけに行った
 
 
10年以上かけたことがないパーマ。
 
理由は前回かけた時に頭が爆発したからだ。
 
 
もう爆発していたのかもしれない。
 
 
美容師さんに
「爆発はしませんが時間かかりますよ」と言われた
 
 
まあいいかと思いパーマ液をかける
 
 
待っている間にパイセンを捜索しているライングループから連絡が来た
 
 
 
「パイセンがホーム下で見つかった」と。
 
 
それ以上は特にいらなかった
 
 
 
涙が止まらなかった
 
 
 
 
美容師さんがやってきて
「染みますか?」
 
と聞いた
 
 
「染みません」
 
と答えた
 
 
 
何もできないのはわかっているけれど
1人でいることもできないから熊谷へ向かった
 
 
モルタルの仲間や
パイセンの家族がそこにいた
 
 
お家には何度か泊まったことがあった
おばあちゃんのトイレまで覗いたことがある
 
本当にあったかい家庭
ここで大勢の家族に看取られながらパイセンは死ぬんだと話したことがあった
 
 
その時パイセンは笑いながら
「いや、俺は自殺する」
とブラックジョークで言っていた
 
あの日みんなで朝まで笑っていた
 
 
 
 
会ってすぐお父さんと話をした
 
 
もうわかっているのに確かめるように
パイセンは と聞いた
 
 
「帰ってこれない」
とお父さんが言った
 
 
 
すみません、と泣いた
 
何に対して
誰に対して
謝っているのかわからなかった
 
誰も悪いことなんてしていないのに
 
 
こんなちゃんと生きているパイセンが死ぬわけがなかった
こんなことが起きる現実なんて考えられなかった
 
 
よく覚えていない
 
 
 
警察に行ってパイセンの顔を見せてもらった
 
 
まるで作り物のようだった
 
 
涙でコンタクトが片方落ちてしまっていてよく見えなかった
線香の火がうまくつけられなかった
 
 
みんなが何か言っているけれど
まるで異国の言葉のように
何も頭に入ってこなかった
 
 
家族の誰かが言った
 
「音楽続けてくださいね」
 
 
はい と言えなかった
 
 
パイセンの分も生きるとか
歌うとか
 
意味がわからなかったから。
 
 
 
家に帰った
 
 
 
 
2月15日。
 
新宿でライブ。
ライブだけで何もしなくていいとメンバーたちが言ってくれた
 
何もしなかった。
 
主催者には申し訳ないけれど
自分の出番が終わって
 
やまぎさんに会いに行った
 
 
同じバイト先でバンド仲間のやまぎさん
つい先日、パイセンと一緒に「夜勤フェス」というイベントをやったばかりだった。
 
 
 
パイセンがいない
 
この世界のどこにもいない
 
 
 
でも2人で話していると
確かにそこにパイセンがいる。
 
 
それなのにパイセンがいない。
 
 
2人で飲んで泣いた
 
その水分を補うようにまた飲んでまた泣いた。
 
 
 
 
2月16日。
 
名古屋で自主企画ライブ。
行きの車で不意に涙が止まらなくなった。
 
当日たくさんの人が来てくれた。
その人たちにはパイセンのことはきっと関係ないから
終わるまでは一生懸命やろうと思った。
 
 
 
2月17日。
深谷というパイセンの故郷で通夜。
 
ギターが飾ってあるお葬式なんて初めてで笑いそうになった
全部が作られてるように思えた
 
 
流れてるパイセンの歌も
コールアンドレスポンスをするお経も
泣いている人たちも
集まった500人以上の人たちも
 
まるで人生をかけた一大イベントみたいで
パイセンの仕掛けた壮大なドッキリ企画に思えた。
 
お父さんが神様に向かって言った。
 
「なぜ 祐也を奪うのですか 奪うならなぜ与えたのですか」
 
 
なぜだろう
 
 
 
夜は深谷でやまぎさんとホテルに泊まった。
近くの居酒屋で食べた。
 
 
刺身がとても美味しくて
美味しいと思った瞬間に涙が出てきた
 
また酒で水分をとった
 
 
 
僕たちは頭が悪いから
夜中にセレモニーホールに忍び込んだ
 
 
だって夜勤だから
パイセン起きてんじゃねえかなって。
 
 
止められることなく式場へ入り込む。
 
ギターはあるけど
パイセンの体はそこになかった
 
 
やっぱり夜勤だから起きていたのかもしれない。
ホテルに帰ってお酒を飲んで寝た
 
お父さんへの答えをずっと考えていた。
 
 
 
 
2月18日。
 
告別式。
 
同じように式が終わった
最後に棺にお花を入れる
 
パイセンの体が戻ってきていた
 
仮眠してるようにしか見えない
 
 
 
パイセンにかける言葉はなかった
ここにパイセンがいないから
 
 
代わりにお父さんに伝えた
「今まで育ててくれてありがとうございました」
 
 
お父さんにとっての答えにはならないけれど
俺はお父さんたちが育ててくれたから
パイセンと会うことができた
 
だからそれだけは伝えたかった
 
 
火葬場へ向かう
 
体が燃やされてしまう直前、
パイセンに声をかけた
 
「またね」
 
 
 
少し時間が空いた
 
外を散歩しながら色々考えた
 
これがドッキリだとしても
どうせ死ねば全部わかることだし
どうせすぐ死ぬし
 
そんなことを考えた
 
 
 
そしたら気づいた
 
絶対パイセン天国行くし
絶対俺行かないし
もう会えないのか
 

やまぎさんと2人で
パイセンの丸そうなところの骨を拾った
  
 
やまぎさんがポツリと言った
「文字通りパイセンの骨を拾うことになるなんて」
  
 
小さく収まったパイセンを見て
俺たちどこにいるんだろうとやっぱり思った
  
 
帰りはまた電車でグリーン席に座って
飲みながら帰った
 
 

 
いつもいつも俺がパイセンに話してた
「もう解散する 音楽嫌になった」
 
 
その度にパイセンは言うんだ
 
「風間さんだけは絶対にやめないでください」
 
 
今度から誰に言えばいいんだろう
いつも大事なライブの時、
何も言わなくてもきてくれてたパイセン
 
 
パイセンに解散ライブを見せるのが
本当に楽しみだった
 
 
 
いつもいつもパイセンが言ってた
 
家族や街の人は
俺がテレビに出てくれないと認めてくれない
 
だからやるんだって。
 
俺はその度に
ふーんとしか言えなかった。
  

パイセンの事故のニュースがテレビで流れていた。 
 
 
  
 
亡くなった時パイセンの妹さんが言ってた
 
「お兄ちゃん、最後に有名になったね」
 
 
 
 
何もかもがドッキリだって
きっと死ぬまで思ってる
 
 
早くパイセンに
 
ドッキリでした
どうでした?
 
 
って言わせるためには
早く死なないといけないのか
 
 
 
受け入れられないなぁどれもこれも。
 
 
結婚式じゃなくて告別式って
そりゃあないよ 嘘だろ
 
受け入れられないよ きっと一生。
 
 
 
 
今日もパイセンのツイッターに
パイセンの歌詞botが流れている。
 
 

IMG 9148

 
 
 
 
 
 
 
  

Ps. 今日は12時間眠った。


思い切って書いてみたけど
まだ全然受け入れられない
別の世界線に来てしまったような

親が死んだ時よりはるかに悲しい

 
「紙位牌」というのをお父さんがくれた

お家に貼った

IMG 9147

パイセンが「彼女と寿司行くとあいつ高い皿ばっか食うんすよ」
と言ったのを覚えていたから
寿司でデコレーションした
 
 
パイセンがもしも生まれ変わるなら
その子として生まれることができるように
徳をつまないといけないな
 
もう少しちゃんと生きないといけないかな。

もらった花が気づいたら玄関に飾ってあった。

ちゃんとしないと周りの気遣いにも気づけない。

ちゃんと大切にしないといけない。

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